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愛に生きる男の過去日記
5月30日『泳』〜8月1日『狂』


 
 先日、市のスポーツセンターに泳ぎに行った。

 このフレーズだけだと「んんっ!?」と思う人もいるだろう。単刀直入に言うと私は泳げないのだ。かつてある後輩に「アンタほどの体力と筋力があって泳げんはずはないだろ!」と突っ込まれた事もあるのだが、実際泳げないものは仕方がない。また別の後輩には「あーのねー、泳げそうな気配すら(強調)見えんよね」と言われたこともあったり。
 これでもかつては2年ほどスイミングスクールに通っていたこともある。しかし如何せん20年近く前の話になってしまうし、だいいち諸般の事情でマジメに通っていなかったこともあり些かの足しにもならない。「筋肉が多いから浮かないの?」とも聞かれるが、現役時代はともかく最近は絞り込んだトレーニングなど行っていないので体脂肪率もサッカー五輪代表クラス(年齢換算)は楽勝であるのでこれも当てはまらない。生後数週間から長く慢性の中耳炎を患い医者からも「次にまた繰り返すようなら手術も視野に入れましょう」と言われていたが、言われて以来十数年ただの一度も再発していない。これが一因で自然とプールから足が遠ざかっていたのは事実だが。
 まぁ理由ばかりを考えても仕方が無い、泳げんことは厳然たる事実として受け入れるほか無いのだ。教官にお馴染みのtenを招聘し、基礎の基礎から泳ぎを教えてもらうことにしたのだ。

 スポーツセンターに集まり着替えを済ませ、プールに入る。最初にtenが私に言ったのが「えっとじゃあまず、水に顔浸けてみよっか。」だったことから状況を推し量っていただきたい。それほどに深刻な事態だったということである。まず「浮く」という感覚がわからない。tenやおおばばばんなどの水泳経験者や、経験者ではなくともEllie嬢やSBちゃんのように「泳げる?」と聞いたら「泳げますよー」と自信満々に応えてくれる方々は口をそろえて「浮き・けのびさえできりゃ何とかなる」と言うのだが、その根源たる「浮く」ってのが分からない(悩)。問題はかなり深刻だったと言える。しかしそこはten先生、あの手この手で四苦八苦しながらも根気よく丁寧な指導のおかげで何となく「浮く」ってのは分かった気がする(嬉)。勢いに乗って「けのび」も何とか習得した(ハズ)。
 さてこう来ると次に待つのはそう、「息つぎ」である。浅いところで膝をつき、手を動かして首だけで息つぎを反復練習する。が、できない(汗)。悪戦苦闘の末、私はあることに気が付いた。それは根本的なことなのだが、極めて重要なことと言える。「息を吐かなければ吸えない」、そう、私は息を吐き忘れていた(大汗)。長く「泳ぐ」という行為から遠ざかっていたせいであろう、「水の中では目を閉じ息を止める」というのが大前提として定着していたのである。目に関してはtenの事前のアドバイスによるゴーグル装着で無事解決されていたのだが、水中に顔をつけている時に「鼻から息を吐く」という行為がどうしても身につかない。それでも意識して「鼻からゆっくり吐いて、口で素早く吸う」というのを心がけると何回かに一度の割合で出来ていた。が、数日経った今では絶対に出来ない自信がある。その日はプールサイドを歩いている時に段差で足を痛打、出血してしまったためにここで切り上げた。

 途中シャックリが出始め苦しくなったため、しばらくプールサイドに上がって休んでいたのだが、その間tenが数本流して泳いでいた。その途中彼は、ターンからうつ伏せにけのびをし、両足を揃えてバシャッ、バシャッ、と始めた。「ん?あれって確か…」と私が思ったその瞬間、彼は両腕をガバッと振りかぶり、バタフライを始めた。生でバタフライを見たのは初めてだったのだが、スバラシイ。自分があそこまで出来るようになるとは到底思えないが、のーんびり流す程度には泳げるようになりたいなぁと思う今日この頃。まずは息を吐くのを忘れんようにせんといかんな(苦笑)。
2004年05月30日 23時12分07秒


 

人間、根源的であればあるほど、不安はそれだけ深い。

―――――キルケゴール
2004年06月07日 00時25分50秒


 
 ご存知のように私の愛車は「ひげ車」や「デミ男」の愛称で親しまれており、他にも「デミやん」や「ゆりオ」などそれぞれの車に色々な故障呼称で認知し合っていたりする。
 このたびろざべす自動車学校卒業から半年以上経ってようやく免許を取得し、「キャロル」で練習がてら親御さん同乗の上登校してきている。


 そこで、



 ろざべすのキャロルは

エロル


 に決定。
「ル」が平仮名でないのは親心。
2004年06月11日 08時45分21秒


 
 私は目が悪いので、普段はメガネをかけて生活している。周りにはコンタクトと併用、あるいはコンタクトのみで過ごしている人が多いのだが、私はメガネだけ。コンタクトを試したことは無いのだが、どうも『目にモノを入れる』というのに馴染めない気がするのだ。

 で、最近、この半年ほどのことなのだが、前にもまして目が悪くなってきたという自覚症状が出始めた。昨年は10月末に向けて論文にとっかかっており、結構な量の文献を読み漁っていたのでその影響ではないかと思うのだが。後輩にも「そりゃあんた、こんなん読みよったら目ぇ悪くなるって」とか言われるようなものも多々あったわけで、自業自得ではないが、まぁ悪くなるべくしてなったという感じではある。
 以前は日常生活に於いて特に不自由を感じることは無かったのだが、自覚症状があるのだから当然現在ではやや困ることがある。まず焦点が合わない。端的に言うとよく見えないということなのだが。前は本を読んだりテレビを観たり、ふと風景を見たりなんとなく窓の外に視線を向けたりといったごく日常的な行為に関して不自由を感じることは無かったが、今ではその事々に視野がぼやける。例えば今、私はPCに向かって日記を書いており、当然視線はディスプレイに向けられている。これをふと窓の外、50メートルほど先のスーパーの非常階段に目を向けると途端にピントが合わなくなるのだ。意識して見ようとすると合わせられるのだが、やはり“意識して”いるので長時間やっていると辛い。あまり遠くになるともともとよく見えていないので特に問題はないのだが、この“合わない”状態が中長距離だけでなく部屋の中といった比較的近距離でも同様に起こる。
 話をおさらいすると現在の私の目は@ピントが合わない、A意識すれば合うが、長時間は辛い、という状態であり、@→Aと進んだ場合、当然の帰結としてB普段からよく見えていないということになるのだ。
 普段の研究活動でも中々にしんどい思いをしているのだが、やはり車の運転が辛い。それでも日中は行き先案内板の文字が多少見にくい程度で済んでいるのだが、夜は結構厄介である。特に街中や都市部を運転する場合、50メートル、100メートル先の信号が個々でそれぞれ二重、三重に見え、その上それらが相互、あるいはネオンや看板などと重なって見えるので距離感の判断に戸惑うこともあるのだ。とは言ってもそれらが運転に支障を来たすほど深刻なものではなく、あくまで以前と比べてという話である。とは言っても見にくくなりつつあるのは事実であり、運転していてストレスに感じることもあるのでずっとこのままの状態で放置しておくのはマズイだろうとは思う。で、私の場合前述のようにコンタクトという選択肢は無いので、メガネの更新ということになる。

 現在のメガネは2000年の5月に作ったもので、セルのフレームがレンズの下側にだけ回るという形状をしている。レンズの上辺にはナイロンの糸が張ってあり、それでレンズを固定する。作った当初はキチンとはまっていたのだが、当然4年も経つとそれなりに色々なところにガタが出始める。鼻当てや耳にかけるウデの付け根のネジが緩むのはよくある話だが、このメガネの独特の形状に由来するトラブルもある。
 レンズの下側をフレームにはめ込みその上をワイヤーで張り固定するのだが、フレーム自体のガタつきよりワイヤーの緩みが比較的進行している。そのため日常生活においては特にトラブルも起きないのだが、やや強めの衝撃が加わるとレンズが外れるのだ。先日もバドミントンでダブルスの試合をしている時、相手の打ったドライブがネット際に詰めていた私の顔面に飛んできて見事にレンズを直撃した。当然レンズは外れ、相手は非常にうろたえあたふたしていたが、「あー大丈夫大丈夫、よくある事だから」と言いながらレンズを探し、パチンとフレームにはめ込む私を見て呆れていた。呆れていたというより、どうして良いのか分からなかったのだろうが。また普段ではちゃんと布団に入る前にメガネを外してから横になるのだが、私は「何かをしている途中に力尽きて寝る」という事をよくやる。 すると当然、ろざべすが携帯の充電をする余裕が無いのと同様、私にもメガネを外す余裕など無い。そんな具合で眠りに就くので、ちょっと前にBBSで話題になった『寝起きミラクル』ではないが「目覚めたら、メガネはかけているがレンズが無い。しかも片方だけ」とかいう事態に陥ることもしばしば(汗)。しかしこれはメガネのフレームを換えないと解決しない問題なので、まぁその度に必死で探すことで諦めはついている。寝起きで眠い目をこすりながら透明のレンズを探すのは中々に骨が折れる作業なのだが(笑)。

 このままの状態で激しく不自由を感じてはいないものの、やはりどこかで打開策を講じておかないと後々面倒な事になりそうな気はする。今のフレームも結構気に入っているので、たぶんレンズの調整ってことに落ち着くんだろうなぁ。
2004年06月19日 17時57分31秒


 
 26日の土曜に大島に行ってきた。
 後輩や同級生も含めて総勢16名の大所帯となったが当日は至って順調。スムーズに事が運び、懸念材料であった天候も現地では何とか持ち堪え、上々の一日だったと思う。それもこれも事前連絡に奔走してくれた松、車を出してくれたツブヤキスト・タカユキmint、TNA2、boooooooooooommmmmmmmmmmmmmmmmmm、そして当日集まったみんなのおかげだなぁと思う。ちょっとしたハプニングもあったが、まぁイベントを彩るエッセンスとしては満点だね(笑)。
 ともあれみなさんお疲れさまでした。

   

 
2004年06月28日 10時04分46秒


 
どうもこのところ、色々と下手を打ち続けている気がする。ジレンマ、良くない循環に陥りそうで危ない。どうなることやら。
 
2004年07月02日 20時16分43秒


 
 この木曜日、近所の外科に行ってみた。というのも先月の8日来、左手の中指と薬指を突き指してしまっていたのだ。現在では指の曲げ伸ばしもできるし、少し気を付けていれば日常生活に大きな支障は出ない。しかし一ヶ月経った今でも腫れが引ききらず、曲げ伸ばしができるといっても「曲げ切る、伸ばし切る」と痛みがでる。重い物を持つのに若干躊躇する有様なので、満を持してというか遅きに失している感もないわけではないが。

 開店間もないジャスコを通り抜け外科に向かい、保険証カードを出して症状を説明する。名前が呼ばれるまでは待合室で、持参した雑誌に目を通していた。
 いざ診察になって医者の問診が始まる。受付で話した内容が書いてあるメモに目を通し、医者が私に向き直って言った第一声は

「うーん、その一ヶ月前の時点で医者に行こうっていう考えは無かったの?」

だった。この問に潔く「ええ。」と答え、私は自分が突き指をした状況を説明した。

 突き指と言っても「突いた」と言うよりは「反らした」とした方が表現としては正しいだろう。何気なく振り返ったところ結構頑丈そうな鉄扉が閉まってきており、咄嗟に左手を出して支えようとしたところ圧力に耐えられず関節を反らしてしまったのだ。当日はもちろんその後一週間ほどは左手にノルウェー産子持ちシシャモを2尾飼う羽目になってしまった。その週末にはバイト(担ぎ系)が3日連続で入っていたのだが、湿布の上からテープで半固定して何とか乗り切ったのだった。しかし「指が伸ばせない、曲げられない、力が入らない、痛い」というような状態で結構無理をしてしまっていたので、当然指には良くない。痛みも和らぎ腫れも「引いてきたなー」と思えるようになったのは怪我から既に3週間ほど経った、先月末になってからだった。

 私の説明が終わると、触診に入った。私の左手をとり、関節を曲げながら問診が続く。


医:「これはどう、痛みは?」

私:「大丈夫です。」

医:「えっ?コレが大丈夫なの!?

私:「ええ。」

医:「じゃあコレは?」

私:「…特にどうってことは無いスね。」

医:「…じゃあこんなのは?」

私:「痛っ!」

医:「ふーん、やっぱ痛いかぁ(半笑)。」


 こんな遣り取りが数回続き、骨の状態を確認するためにレントゲンも撮った。そして診断の結果が伝えられた。それによると@現在のところ骨に異常は認められない、A一ヶ月前の段階では小さいヒビが入っていた可能性が高いが、現在では自然治癒によって塞がったと思われる、B痛みの具合や関節の状態、腫れなどから見て筋や軟骨に損傷が残っている、ということだった。医者が「一ヶ月前の時点で来てくれればねぇ」と何度も言っていたのが非常に印象に残った。結局、場所が指の関節という使用頻度の高い部位であるため「一ヶ月経って痛みが引いてきて、二ヶ月経って腫れが収まり、三ヶ月経って気にならなくなる」という感じらしい。
 今にして思えばまさに遅きに失したに尽きるが、そこには「けっこう時間も経ったし何か痛みも弱くなってきた感じがするし、このままもうしばらくしたら治るかな」というよくある油断が原因として横たわる。やはり「病院行くほどでもないかな」という程度でも、ちょっと慎重を期して早めの医師の診察を受けた方が良いのだろう。後々長引いたら面倒だし、納得いかない痛みを病院で被る羽目になってしまうかも知れないしね。
2004年07月11日 12時07分13秒


 
 宝くじを買いました。そう、サマージャンボ宝くじであります。
 枚数は全部で9枚。この一見中途半端なものの内訳はと言いますと



 連番3枚×3セット=9枚



 です。「連番で9枚」ではありません。
 連番3枚ということは「一等+前後賞」という事であります。そうです、
あくまで三億狙いです。
 勝負の三億三点買いに乞う御期待。
2004年07月14日 23時54分27秒


  
 みなさんこんばんは。“ひげ基地”のコンクリートの壁から正体不明の液体が滲み出てきているのが微妙に気になりつつも、積極的に見て見ぬフリを敢行している愛に生きる男です。そんなひげ基地も今日は38℃を確認しました。夕方4時前でです。「最高気温」を確認するのが怖いです。あ、お客人がくればエアコンを入れるのでご心配なく。



 ご存知の方も多いと思うが、先日携帯の機種変更をした。このHPの画像は基本的にそれまで使っていた機種で撮影されたものだが、機能的には全く問題なくやってこれてきていた。しかし電池が中々キビシイ感じになってきており、そんな最中踏ん付けた不慮の事故により充電器が壊れてしまったために今回の機種変更と相成ったのである。

 以前私はJ-PHONEを使っていたのだが、2001年にauに乗り換えた。その頃は他会社とのEメール送受信が可能になり始めた時期だったのだが、データの送受信の方式の問題か何かで、当時のJ-PHONEはEメール受信に際して受信し切れていないメールが受信トレイ内で「連結受信中」という表示になっていたのである。調子のいい時であれば数分あれば受信し終わり着信音で知らせてくれるのだが、その「待ち時間」が楽勝で半日とかいう次元であり、時差2時間ほどなら「おっ、今回早いな」という始末だった。これもJ-PHONE同士のスカイメールであれば全く時差などはなく、あくまで他社携帯からのEメール受信に関しての問題であった。
 そしてこの2001年、当時お付き合いしていた方がいたのだが、彼女がJ-PHONEで無かったためにこの「連結受信中」のせいで何度もヒドイ目に遭っていたため、業を煮やしてJ-PHONEからのキャリア変更へと踏み切ったのだった。この乗り換えをしたのが夏、確か7月だったのだが、彼女はその春にセルラーからドコモへと乗り換えたばかりだった。そのため私の方が変更することになったのであった。“彼女がドコモ”ということから考えると“乗り換え先もドコモ”と来るのがスムーズなセンかもしれない。しかし敢えてauに。「なんでドコモにせんのん??」とは彼女からも友人たちからもよく聞いたセリフなのだが、家族が既にセルラーを使用していることに加え当時「ドコモは高い」というイメージが根強く残っており、安定継続収入の無い身の上としてはドコモはどうしても敬遠してしまうことになったのだ。それ以来、この3年間ずっとauである(当然ガク割)。

 で、今回の機種変更の理由は前述の通りだが、新しい携帯はA5406CAという機種。前に使っていたのと同じくカシオ製なので基本操作に共通点が多く、乗り換えはスムーズに行った。
 ハイライトは2点、デジカメと音である。まずデジカメだが、今回の機種に搭載されているデジカメは320万画素である。“携帯のカメラにそこまで必要ない”との声も聞こえるが、私はデジカメ自体に対して「興味はあるが、執着は無い」という感じで、便利そうだし楽しそうなのだが、いざ自分が買うかというとそれには躊躇してしまっているのだ。なので携帯にこの程度の高性能のデジカメが搭載されていれば、入門的に楽しむにはちょうどいいと考えたのである。
 そして次に音。具体的には着信音のことなのだが、これば前機種と比べて圧倒的に音が良い。なんでも“ステレオツインスピーカー”という仕様になっているらしく、ちょっとしたポケットラジオよりも音質がクリアなのだ。この機種を皮切りに「ステレオ着うた」というのに対応になったらしいが、これは今ひとつよく分からない。しかし前の機種にもダウンロードしていた同じ着うたを鳴らした場合でも格段の違いであり、非常に満足している。

 以前の「連結受信中」のトラウマから、いまさらボーダフォンに戻る気にはなれない。ドコモの料金体系は分からないが、聞くところによると以前ほど割高感は感じられず、プランや使用方法によってはむしろ安く上がる場合もあるとの話も耳に入る。このHPにはドコモに詳しいヒトも出入りしているので“その気”になったら彼に聞けば一発だろうと思うのだが、現在auで特に不満はないので、当分はこのまんまだろうと思う。変更のコストも結構馬鹿にならないし(悩)。
2004年07月25日 23時11分28秒


 
 諸先生・先輩方が


「博士論文執筆する時は発狂しそうになる」


 と口々に仰っていたのがよく分かる今日この頃です。
2004年08月01日 09時43分55秒







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