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愛に生きる男の過去日記
2007年6月23日『換』〜2007年8月28日『息』



 こんばんは、カメラが帰ってきて嬉しくてたまらない「愛に生きる男」であります。「雑記帳」にも書いていますが、この重量感が懐かしいです。現在もう2台、一眼レフを修理に出しているので、そっちの修理完了も待ち遠しい今日この頃です。


 タイヤを交換した(悦)

 車のデミ男だが、購入から3年で6万kmを走り、4月に車検を済ませたところ。その際の点検項目から「タイヤの溝が残り僅か」との指摘が出ていたのである。私も普段からまめにチェックをしているので状況は把握しており、早くて夏・遅くとも冬にスタッドレスに交換するのが最期との認識であった。ゆえに今回の指摘も想定の範囲内であり、交換時期に関する見通しも私と整備担当者でもほぼ一致していた。すなわち問題は「いつ交換するか」となっていたのである。そこに先日、製造元であるマツダからリコールが発表され、私のデミ男も見事に該当していたのである。よって好機至れりとばかりにタイヤの発注をかけ、リコール整備に合わせてタイヤ、さらにこちらも交換時期を間近に控えていたエンジンオイルもまとめて交換することにし、そして今日がその入庫日だったのである。
 諸事情によりリコール部分の修理は今回は見送られたが、タイヤとオイルは予定通り交換。オイルはきちんと年に数回定期的に交換しているが、ニュータイヤを履かせるのは本当に久しぶりである。前に交換したのは先代「ひげ車(しゃ)」ことプリメーラ時代で、その時は「山の頂上でパンク」という大技をキめたためだった。その時もまだ磨耗していない新品のタイヤの乗り心地に感動したものだが、そのため今回の交換に際しても同様な感動を期待して臨んだのである。
 作業は午前中に余裕を持って完了。午後から用事がてら、雨ということもあり軽めに走ってみたのだが、すこぶる快調。デミ男に関しては十分な車内空間、小回り・燃費の良さなど非常に満足しているのだが、最大の泣き所は静粛性にあった。その点が今回のタイヤ交換で、以前から気になっていた「ザー」だの「ゴー」だのといった不快なノイズが明らかに軽減されているのである。また、アスファルトの継ぎ目や橋などの段差を越える時のショックも非常に柔らかく感じられ、乗り心地の面で大きな改善が見られた。それでいてコーナーなどで腰砕け的にズルズルとなることもなく、しっかり路面を掴んで踏ん張ってくれる。まだほんの僅かな距離しか乗っていないが、今のところ非常に好感触である。
 季節的にはそろそろホタルのシーズンに突入、そして夏へと向かう。ニュータイヤで快調に走るデミ男で、鹿だの熊だのに出遭うドライブへと駆け出したい今日この頃である。  

2007年06月23日 21時53分55秒



戦争は人の心の中で生まれるものであるから、
人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
―――――ユネスコ憲章 前文
2007年06月27日 21時05分35秒



戦争は人の心の中で生まれるものであるから、
人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
―――――ユネスコ憲章 前文
2007年06月27日 21時05分35秒






 こんばんは、とりあえず買っといた「愛に生きる男」であります。演出やデータに若干の誇張があるにしても、問題の本質は捉えておいた方が良い問題です。現在われわれを取り巻く問題はこれだけに限った話ではないんですが、物事を考えるキッカケとしては格好の材料と言えます。


 ある夏の日の事である。暇を持て余していた忙しい日々の合間を縫って、私は気分転換にと一人で車を走らせていた。前日の晩に降っていた雨も午前中には止み、夏の午後にしては比較的涼やかな日だったのが印象深い。日頃から標高が高い方や山が深い方、あるいは携帯が入らない方へと車を走らせる習性があるため、雨に濡れた山あいを走る道は、夏にもかかわらず新緑の頃を思わせる清々しい空気につつまれていた。こんな日は当然エアコンはつけず、窓を開けて走るのが気持ちいいのだ。この時はまだデミではなく、先代の「ひげ車(しゃ)」ことプリメーラだった。必要十分なパワーと機敏な足回りを持つプリメーラは、軽快に山道を走っていった。
 この時走っていた道は、通るのはこれが初めてでは無かった。いや、厳密に言えば初めてとなるのかもしれないが、以前来たときはそもそも「冬季通行止め」指定の道だったうえに結構な積雪でスタック寸前の状態に追い込まれたため、やむなく引き返し“通過”はしていなかったのだ。その時の苦い経験を思い出しつつ、今度は至って順調に頂上をクリア。道は下りへと入っていった。
 下った先に何処に着くのかは地図で確認済みだったが、道中は至って静か。荒れ気味のアスファルト舗装と辛うじてガードレールがある以外には文明の香りがしないこれといった建造物らしきものもなく、見渡す限りの山の緑と谷下を流れる川の音があるばかりだった。そんな中をのんびりと、カーステレオに合わせて好きな歌を口ずさみながら降りていった。





















そして目の前に牛登場。





 …そう、「牛」である。気分転換にとのんびり走っていたドライブの最中、よもや牛に行く手を阻まれることになろうとは(悩)。見たところ耳や首、鼻などにマーカー的なものが付いている様子もなく、にわかには信じ難いが野良牛の可能性も否定できない。しかし目下のところ「道の真ん中に牛がいて、前に進めない」という面白すぎる事態に直面しており、これをどうするかが大きな問題であった。クラクションを鳴らしても驚いた牛が暴れでもしたら大変だし、まさかそのまま突っ込んで力ずくで退かせる訳にもいかない。いま思えば対峙の時間は数十秒ほどだったかもしれないが、その時間は非常に長く感じられた。
 すると突然、が右手の土手(斜面)へと向きを変え、道から外れて坂を下って行き始めた。写メを撮り損ねたことと行く手が開けたこととで複雑な気持ちになりつつ、ともかく私の前に、もう牛はいない。プリメーラを前に進ませるべく、ブレーキから足を離そうとした瞬間である。





















猪(巨)登場。





 …えー(悩)。

 ってかオマエデカいな…。


 しかしこの時、私は気付いた。デカいかどうかは大した問題じゃねぇんだよ(悩)。牛に道を塞がれた後、すぐさま猪に再び行く手を阻まれるとは。自らの理解の及ばない状況に直面したとき、人は自然と笑みがこみ上げてくるということを実感した。半ば自虐的な笑みを浮かべつつ、私にはその状況をただ見つめるほか為すすべが無かった。
 運よく(?)この猪(巨)もすぐに向きを変え、私は再び山を下り始めることができた。今にして思えばあの時、牛はこの猪(巨)の存在に感付いて私の前から消えたのかもしれない。しかし当時の私にはそんな事を考える余裕もなく、自らの前を通り過ぎていった牛や猪を、ただ見つめることしかできなかった。後々考えてみれば突っ込みドコロは満載なのだが、以前に遭った時もそうだったが、咄嗟のリアクションなんか取れやせん(苦笑)。
 そんな、自然の豊かさを身を以って感じた日だった。  

2007年07月13日 21時54分02秒



 こんばんは、恐怖の8月を目前に控えて戦々恐々としている「愛に生きる男」であります。7月下旬から8月下旬にかけて、ちょっとしんどそうな予感がします。が、そこはいつもの“気合と根性”のみでまんまと乗り切る予定。ご期待下さい。


 このところは特に大きなネタイベントもなく、比較的淡々と日々が過ぎている。だからと言って暇を持て余している訳ではなく、こう見えてやる事は山ほどあって、それらを消化していくのに何かと気忙しくしているこの頃である。休憩に入ったとき、コーヒーを飲みながら思わず「…あーたいぎい」と口をついて出てしまうのは、追われる日々に対する率直な感想なのだろう。
 「追われる」というと、“余裕がない”“せかされる”のように何かどことなくネガティブなイメージがつきまとうように思う。実際に精神的に余裕はなくなっていき、それに従って肉体的にも無理をするようになる場合は多くあるだろう。しかし思うに、「追われる」ということは少なくとも「先を行っている」という事でもある。先行して、後から追ってくるものを視野に捉えつつあるということで、まして追い抜かれてその差を広げられているという事はないのだ。ならば特段焦りや不安を感じることもないだろう、と思う。
 確かに「追いかける」という展開は、前を向いて目標を追走することに集中するため論理は単純化ないし先鋭化していくため、全精力を傾注する体勢に持ち込みやすと言える。対して「先を行く」場合においては、猛追をかける「追う者」に細心の注意を払いつつ、かつ自らが進み拓いていく前途に対しても決意を以って臨まなければならない。必然的に状況は複雑化するが、しかし、自らにより高い水準での錬磨を可能にするものと言える。ならばこの状況を、如何に楽しむか。ここが“愉しみ”の源泉となるのだろう。

 よし、明日も晴れろ。  

2007年07月19日 23時27分07秒



人間は毅然として、現実の運命に耐えていくべきた。
そこに一切の真理が潜んでいる。
―――――ゴッホ
2007年07月28日 15時11分21秒



 こんばんは、先週の日曜日は『カープか自民党か』というほどの負けっぷりに苦笑いするしかなかった「愛に生きる男」であります。まー今日も負けたしね。残り全勝すればプレーオフ出れるかな…


 最近すこし書き物をしているのだが、PC全盛の昨今では珍しく、私は手書きで始める。何も時間が有り余っていてのんびりと始めるという訳ではなく、昔から手書きでやってきており、それに自分の手を動かして文字にしていかないと頭に入らない。こういう事々が重なって、やはり手書きで始めるのが一番、という結論に至っているのだ。
 そして手書きを始めるとき、多くの場合は万年筆で書く。大学院に進学した年の暮に買ったもので、以来日々の研究ノートから修士論文や博士論文、大切な友人に手紙を書く際など、まさに日常的に使っているのである。この万年筆を買ったとき、お世話になった先生に「ああ、これが君の“一本”になっていくんだね」と言われたことも愛着を一層深める一因となっていると言えるだろう(『カコニッキ』その3「筆」参照)。
 上にも少し触れたがこの万年筆では、本当に多くのものを書いてきた。時には文字ではなくラフなスケッチを描くこともあった。最近はお気に入りのノートに挿して持ち歩いているので、ちょっとしたメモから旅日記も書いたりする。いずれも思い出、あるいは思い入れが強い“書き物”たちである。
 そうした書き物たちを、時々開いては何の気なしに目を通すことがある。こんな時は往々にして余裕がなく、挫けそうな状況のことが多いが、それらはそんな弱気な自分を叩き直し、鼓舞してくれる。それは誰がするという訳ではなく、他でもない過去の私の書き記したものたち。過去の積み重ねがあって現在があり、その流れを以て未来への展望を描く。自らが歩んだ軌跡だからこそ、そこに裏打ちされるものが私にはあると気付かされる。ならば、その足を一歩前へ。  

2007年08月03日 23時26分26秒



戦争は人類を悩ます最大の疫病である。
―――――ルター
2007年08月12日 10時25分20秒



 こんばんは、最近写真を撮る枚数がめっきり減ってしまっている「愛に生きる男」であります。それもこれも愛機「SR-1」が修理中であることが大きな原因。修理→再修理再々修理となってしまっているんですが、最初の修理に出したのが2月だから通算すると半年…(汗)。間で帰ってきては何本か撮ってから再び修理に出しているので、全く撮ってないってわけではない。でも結局コンスタントに撮れてないし、やはり事実上半年にわたる、と。ですがそろそろ帰ってくる見込み。今度こそは頼むよ…(苦笑)。


 冒頭でカメラについて触れたが、このSR-1ではかなりの枚数を撮ってきた。今でこそ諸事情によりペースは落ちているが、使い始めた最初の1年間では1000枚以上を撮ったほど。電池を入れるスペースすらない完全手動のカメラなのだが、最初は基本である「露出」の意味も分からず、まさにゼロからのスタートだった。しかしこの「1000枚以上」という数字に裏打ちされた経験により、まず失敗なく撮れるという手応えを感じられるまでになった。また技術的な上達もさることながら、自らが全くのゼロスタートだったため知識の面でも多くを学び、それ故に友人たちにも写真に関する基礎的な知識を教えることができるのも収穫と言える。それもひとえに、友人たちが快く被写体となってくれたからに他ならない。みんなありがとう。
 昨年の事だが、御存知の方も多いと思うが、写真展に出展した。私は現像は毎回同じカメラ屋に出し、カメラの使い方もそこの専務に教わった部分が大きいのだが、その専務に勧められてのことだった。参加するとなると当然出展する写真を選ばなければならないのだが、その時点で枚数は既に1200枚を超えている状態。苦笑しながらアルバムを1ページずつめくり、気に入った写真を見つけては付箋を貼るなど目印をつけ、徐々に選考を進めていった。そしてその過程では、当然のことながらそれらの写真にまつわる出来事を思い出しては寄り道をしてしまい、思いのほか絞り込みに時間がかかったのを覚えている。
 そうやって1000枚を超える写真の中から出展作品候補を数点まで絞り込んだ時の事である。その数点の中で1枚もしくは2枚に決定しようとしている時、不意に「これなんていいんじゃないん。ずっと写真見ててさ、これすごく気持ちがこもった一枚って感じがするよ」と言われたのである。その写真はある友人を撮影したもので、候補には挙げていない一枚だった。正直なところ、その一枚には並々ならぬ思い入れがある。だから、自分としても大切にしたい一枚であるが故に候補から外していたのだ(もちろん“個人的すぎる”という点も大きかったが)。それをあっさりと見透かされた事に愕然としつつも、“気持ちは伝わる”という事を強く感じた出来事でもあった。おそらくこういう経験が、絵画や音楽、その他“芸術”や“表現”といったものに携わる人々の感じる最高の快感なのだろう。そう感じた。
 私が大学院を修了するとき、後輩たちがアルバムをプレゼントしてくれた。これまで撮ってきた写真の中から気に入った写真を選んで挿れて、このアルバムを完成させようと思う。まだ具体的な選考は始めていないが、アルバムをくれた後輩たちの写真も入れようと思っている。もちろん「あの一枚」も。  

2007年08月19日 00時02分51秒



 こんばんは、来月末の「関東遠征」に備え、航空券とホテルの確保を済ませた「愛に生きる男」であります。遠征ということは、いつものように「雑記帳」にてその模様をホット&リアルタイムにお届けする予定。一部コアなマニアが居るという噂の「遠征記」、ヒマな方だけお楽しみ下さい。


 このところ、どうも体調がおかしい。これが例えば風邪などのように、症状が比較的分かりやすく単純なものだと話は早いのだが、それがそうでもないのでちょっと戸惑っているのだ。
 具体的な症状は…これもどうにも形容しづらい感じなのだが、息苦しさというか、呼吸のしづらさを感じる事があるのだ。父や兄がかつて喘息を持っていた事からしてどうも呼吸器系が弱いらしく、私の場合も少しでも風邪をこじらせるとすぐに気管支炎まで進行してしまう。私自身は喘息を患った事が無いのでその感覚はよく分からないのだが、呼吸がこみ上げてくる感じなどは話に聞く喘息のイメージと重なる部分がある。程度としては“呼吸が困難”とまではいかないまでも、それ相応の息苦しさは感じる。
 そして厄介な事に、それが常時続いている訳ではなく、ときおり発作のようにやってくるのだ。何でもない時は至って普通、息苦しさなぞ微塵も感じないのだが、“それ”がやって来るとどうにも呼吸が速くなり落ち着かない。呼吸が速くなると言ってもジョギング後などのような心肺を酷使した感覚とは異なり、先述のような気管の奥からこみあげてくるような感覚である。何事も手につかないという状態ではなく、日常生活に大きな支障が出ている訳ではないのだが、如何せん落ち着かない。そうなると、つとめて深くゆっくりと呼吸をし、静かに“それ”が収まるのを待つのみである。
 原因についてだが、これが全く心当たりが無い。生活リズムはほとんど変わっておらず、見舞いに行ったとか何らかの疾病がある人と特別に接触したという事もない。強いて言えば残暑の厳しさと慢性的な睡眠不足だが、これは今に始まったことではないので可能性としては除外すべきだろう。風邪に見られる発熱などの症状もなく、この可能性も低い。原因が分かれば対処のしようもあるものだが、いやはや、困ったものである。  

2007年08月28日 11時52分02秒






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