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愛に生きる男の過去日記
2006年9月14日『臨』〜2006年11月17日『戯』



 こんばんは、朝晩すっかり涼しくなった最近、さっそく鼻がズルズルいってる「愛に生きる男」であります。
 秋、ってか今月末から某所で教壇に立つのですが、週6コマ教えるうちの一つが「卑弥呼から小泉純一郎までを半期(15回)の講義で」という通常考えられない進度で講義をするハメになっています(悩)。それもこれも全部前任の先輩のせいなんですが、彼の残したシラバスなどを元にいちおう現代まで到達するといいなぁ…ように半期分の進度予定を組みました。つーか「到達する可能性が残せる進度予定」ってのが実情(汗)。ただ予定通り進んでも当然物凄い駆け足になるので、その中で如何にして生徒たちに分かってもらうか、もしくは興味をもってもらえるかという点に留意しておかないと、私も大変ですが彼らに本当に申し訳ない。そう考えると、まだまだ無い知恵絞ってもう一工夫しないといけないと思います。


 ふと、本当に不意に「カコニッキ」を見てみた。時の頃でいうと、ちょうど一年前のあたり。
 この頃は大変だったなぁ、と変に感慨深くなった。何と言っても、博士論文へ向けての追い込みが佳境を迎えた頃。いま思い出してもゾッとするが、それでいてすごく楽しかった印象がある。なんと言うか、“のめり込む”、この言葉に尽きるかもしれない。
 その時執筆していたものが審査を経て、晴れて博士学位論文となったのだが、学位取得後わずか半年の現在から見ても直したい箇所が山のようにある(苦笑)。しかしそれも“のめり込んで”いた自分の必死さ・がむしゃらさの跡と見ることができ、そう考えると製本・提出に向けての最終校正もひとつひとつ、ついつい深追いしがちな程じっくりと考証を加えてしまう。修了の頃に教務から要請された期限は楽勝でスルーしているが、申し訳ないなと思いつつもしっかり直してやろうと思う。去年の自分がやった事、労作だろうが不始末だろうが、それらをひっくるめて今年の自分が背負ってやらんとね。“受けて立つ”という言葉には時として怯んでしまう事もあるが、往々にしてスリリングで楽しい場合が多いと思う。「人生ゲーム」とは不謹慎かもしれないが、日常を、人生を楽しむという感覚は忘れたくない。
 今日も夕方から、少し論文関連の文献に目を通していたのだが、「これは?」と思う点が幾つか見付かった。いずれも昨年の論文執筆の頃には気付かなかった事なのだが、今にして気付くというのは、“あの時は気付かなかった”という事実と共に“それから経過した時間が気付かせてくれた”とも言え、その時間は私にとって価値のある時間だったと言えるだろう。こうして積み上げてきた時間に、更に蓄積を加えるべく、“これから”の時間に臨むことができれば、このゲーム勝ったも同然だろう。
 そんな事を考える初秋のある夜でありました。

2006年09月14日 22時50分47秒



 こんばんは、こう見えて見ての通りお酒が大好きな「愛に生きる男」であります。あ、友達なくすような飲み方はしませんので、どうぞご心配なく。
 先日行きつけの店の店長から電話があり「日本酒の飲みくらべ会をするんだが来ないか」とのお誘いをいただきました。会費制ですが料理はどんどん出てくるし、酒もいくらでも飲める。せっかくのお誘い、何とか都合を付けようと模索中です。


 しかしこれを機にふと考えたのだが、この店には本当にお世話になってるなぁと思う。通い始めてもう5年ぐらい経つだろうか。初めて行った時、酒の品揃えと出てくる料理の旨さに感激したのを今でも覚えている。
 この店には弟店があり、私は当初はそちらに通っていた。何回か行くうちに店の方とも馴染みとなり、そこで色々とお酒について教えてもらい、旨いものも食べさせてもらっていた。そしてその方が地元に帰って自分の店を持つのを機にその弟店を畳むこととなり、親店である現在の行きつけに通うようになったのである。
 現在の行きつけに通うようになっても、“親店”だけあって酒の種類は相変わらず豊富、店長の拵える料理も最高に旨い。先日ダディも「ここは何食っても美味いっスもんね!!」と言ってくれた。そう言ってもらえるからこそ、私も皆と一緒に来たいと思うのだ。春には後輩たち10人ほどで「愛に生きる飲み会」を開いたが、その時の皆の表情も忘れられないね。
 酒と料理もさることながら、店長と奥さんをはじめ店の方々の気さくで丁寧な接し方も非常に有難いのだ。初夏の頃にはダディ、ぽんぽこ、なげさらで19時から26時まで延々と居座っていたり、3月にはゴシDoまちゅこも加えて閉店後、店長も交えてカープのスタメン予想などをワイワイ話していたり。そのときは店長が「コレの分、勘定いらんけえ好きに飲みんさい」と芋焼酎を一本ドーンと置いてくれてたなぁ。それがまた、その焼酎の蔵元と店長の親御さんとが友人で、その経由で入ってきたという一本で、何とも“あじわい”のある旨い焼酎だったなぁ。
 酒も充実していて料理も絶品、そしてこの居心地の良さ。私が市内で飲むとき、必ずと言っていいほどこの店に惹きつけられるのはこうした要因からである。ちょっと間隔が開くと「おーいらっしゃい、ひさしぶりじゃね(笑)」ってな歓迎もあるしね(苦笑)。

2006年09月20日 23時30分04秒



 こんばんは、今週から勤務(講義)が始まって色々と忙しくしている「愛に生きる男」であります。手探り状態な面もありますが、色々と知恵を絞って工夫してみるのを楽しく感じられています。
 当然ながら講義ではスーツなのですが、礼服を除いたらスーツは一着、シャツも2枚かな?せめてワイシャツは買っとかんといかんと思います(汗)。


 以前にもこのHPで再々触れてきたが、我が家には月下美人が一鉢ある。祖母の家から株分けしてもらったものだが、数年前から春と秋とに見事な花を咲かせてくれるようになっている。夕方からゆっくりとつぼみが開き始め、夜が深くなった頃に満開となる(「カコニッキ その17」参照)。その大輪の花は見事としか言いようがなく、見た目だけでなく香りも素晴らしい。そして“翌朝にはしぼんでしまう、一夜限りの花”という点も、この花に感傷的な感覚を抱く由縁であろう。
 その我が家の月下美人、先日「雑記帳」にも載せたが、今回はつぼみが4つついていた。雑記帳に投稿したのが午後8時ごろだが、これまでの数回ではこの時間には既に開き始めていた。それが今回はまだだったため、あのような記事を入れたのである。その後の経過はというと、結局当夜のうちに見事に咲いてくれた。

















4発同時です。



 ご覧いただければ同様に感じていただけると思うが、まさに見事というほかない。“一輪咲き”の場合と比べると花そのものは少々小ぶりとなっているのだが、一株から4つ、同時に咲くというこの状況がそれに微塵の違和感も感じさせない。しばしの間、ただみとれるばかりであった。
 その後この画像の写メを撮り、送信。鉢を私の部屋へと持ち込み一眼レフでの撮影会となった。以前「カコニッキ」に書いた時からも数回咲いてはいたのだが、私にその余裕がなかった事と鉢がスゲェ重いため一眼レフでの撮影は行っていなかったのである。普段はベランダで育てて“咲きそう”な時だけリビングへと入れる。この画像もリビングでの撮影なのだが、フィルムの一眼レフで撮る場合は光線と色カブリの関係上リビングからさらに私の部屋へと持ち込む必要があるのである。つまり今回は重たい鉢を抱えて部屋まで持ち込む、その労を惜しませないほどの咲きっぷりだったのである。
 さてその写真だが、フィルムは撮りきったもののまだ現像には出していない。明日にでも出す予定だが、出来の如何によっては「kkb&りさ二次会」の写真のようにデジタルスキャンしてどこかにアップしようかとも考えている。とにかく早く現像に出しちまおっと。

2006年09月29日 23時38分40秒



 こんばんは、チョークの粉にまみれながら講義に精を出している「愛に生きる男」であります。講義の基本ルーティーンもひと回りし、ここからは如何にして自分のペースを作っていくかが勝負です。授業の進度などで頭も痛いのですが、せいぜい頑張っていこうと思います。


 さて皆さんご存知のようにこの秋から非常勤講師をしているのだが、「週6」というコマ数や若干無理をしなければならない「日本史」の講義計画などいろいろと頭を使って工夫している今日この頃。従って当然の如く、現在の生活の中心はこの教員稼業に置かれている状態である。つまりこれまでとは生活のリズムが若干変わってきているため、それに伴いちょっとした変化というか、身の回りにおける細々とした出来事がいくつかある。

 その最たるものが服飾品の類。これまでの11年の学生生活では、当然ふだんは私服。プレゼンや研究会などでスーツを着る機会はそれなりにあったが、それはあくまで“特別な場合”だった。思えば高校卒業後大学に入った時「制服」から私服メインへと変わったため、特に衣類に気を遣うことが無かった私としては、日々の衣類に頭を悩ませたものだ。それが逆に、今度はスーツに拘束されるというかたちである。
 スーツを着ること自体に特に大きな問題はない。まだ季節的に暑く感じることも多いが、ジャケットを脱いだりネクタイを外すなどで十分に対応できる。問題は私がスーツを一着しか持っていないという点。週末に講義はないのでクリーニングに出すのに大きな問題はないのだが、やはり一着のみでは不安があるのでせめてもう一着は欲しいところ。この前からジャ○コでスーツを安く出しているので、この週末あたり物色してみようかとも思っている。
 しかし買うのにも多少の問題が。自己紹介欄に一時期「趣味・筋トレ」と書いていたのに端的に表れるように、上半身の“厚み”が結構なものになっているのだ。その一方で胴囲は平均的なレベル。かつて友人に「男子トイレのマークみたい」と言われたこともあるが、要はスーツ栄えする体型のようである。これだけ見ると体格に恵まれているのは間違いないのだが、逆にスーツやジャケットを選ぶのが難しいのだ。
 だいたいの場合まずは身長にあわせて試着を始めるのだが、胸と肩がパンパンに張り、三つボタンの場合一番上のボタンはとまらない事が多い。当然肩口も入ってきてしまう。だからといって胸・肩の厚みに合わせてサイズを上げると、別に腕が長いわけではないので袖も長ーくなってしまい、ウェスト付近はガバガバに。「厚みを出す」という点から「AB体」「B体」を試すこともあるが、結局は胸・肩以外が全く合わず非常にヨロシクないのだ。結果「A体」で延々と試着を繰り返して合うサイズを探し出す必要に迫られ、そのため一たびスーツを買うと決めた場合店中のスーツを全て試着するほどの気合が必要となる。いま着ているスーツは7年前、兄夫婦の結婚式に合わせて買ったものだが、小1時間かけて数十着を試着した結果ようやくめぐり会えた。その時も店員に「この何着かで合わないようでしたら、申し訳ありませんがセミオーダーにさせていただきたいと…」と言われただけに、うまく身体が収まった時は本気で感激したものである。
 この他にもワイシャツを一枚買い足し、密かに10年以上履いていた革靴も新調した。靴を買ったらブリーフケースが貰えたのは儲けもんだったな(笑)。さて問題はスーツ、買いに行くにもなかなか気が重いのが正直なところ(苦笑)。

2006年10月06日 02時10分02秒



 こんばんは、荒れ放題荒れまくっている部屋の状況にそろそろウンザリしてきた「愛に生きる男」であります。毎週末のように「あー部屋片付けんと(汗)」とつぶやきながら少しずつ片付けてるはずなんですが、毎度の如くデスクの上にはノートを広げるスペースがありません。現状の打開と抜本的な解決策が待ち望まれる今日この頃です。


 季節がまたひとつ、緩やかに変わり始めている。普段の移動には車を使っているが、その道々で目にする風景の変化からそれは窺い知れる。真っ青だった銀杏の葉も僅かに、しかし確実に色付き始め、窓越しに降り注ぐ陽の光にもやわらかさを感じられる。日中は額に汗することも少なくないが朝晩は肌寒いほど、気温の変化に気を付けさえすれば非常に過ごしやすい季節になったと言えるだろう。また秋が深まり行くのにつれて空気も透明感が増してきて、窓を少しだけ開けてのドライブや夜景を見たりするのにも良い。

 そんなとき、ふと一年前の今頃の事を思い出す。普段からつとめて、自分には常に全力であるようにと言い聞かせてきているつもりではあった。が、その中にあってなお、極めて高い密度で様々な事が巡り巡った時期だった。自分の愚かさ、無力を恥じ、沢山の友人に助けられ、もっと強くならなければと痛感した。決して誇張ではなく、絶対に忘れることができない、自分にとって試練と経験とを積み重ねることができた時期だったと思う。

 あれから一年が経って、昨年の自分に対して恥ずべきところない日々を送ってこれているのか。これまでの月日を顧みて、日々自問自答は続く。確たる答えが見付かるわけではないとは思うが、あの時助けてくれた友人たち、私のために苦しい思いをしてくれた人、そして“これまで”と“これから”の自分のため、胸を張って歩けるように。

2006年10月14日 10時45分31秒



いまだ軍備と徴兵が国民のために
一粒の米、一片の金をだに産するを見ざるなり。
―――――幸徳秋水
2006年10月21日 12時56分39秒



 こんばんは、古くから“乗りかかった船”との言い回しはありますが、乗ったはいいが完全に船つくっちゃった感が満点の「愛に生きる男」であります。と言いつつも、やはり頼りにされると動きたくなるのが人情というもの。みんなが頑張ってるからこそ助けになれればと思うしね。今週末、『市大祭』であります。


 とりあえず、何も考えずに。頭に思い浮かんだ事から書いてみよう。

 最近の自分、主に研究傾向について。自分、すなわち研究者として、今の時代に生きる者として、その他の色々な事柄から敷衍した“自分”という、言わば自覚的自己に於ける主体的使命観を感じる日々。その一方で、個人的に学問・研究に於いて非常に重要視している「Free Science」の精神。知的探究心とは常に自由に羽ばたく翼を具えているべきであるとの思い。この一見すると相反する二つの命題が、少しずつではあるが確実に重なりつつある事が感じられる。この事態について歴史的必然性を感じるかどうか。この自問は別としても、内発的にも外因的にも自ら示す方向性が見えてくるのならば、その時代的要求に対して受けて立とうと思う。少しずつでも確実に。

 うん、そうだな。うん。よし。

2006年10月28日 00時54分01秒



 こんばんは、そろそろデミ男本気の洗車をカマしてやらんといけんなぁと考え中の「愛に生きる男」であります。来月になるとスタッドレス&キャリアを組み付けるので、その前にいっぺんキチンとコーティングまでしといてやりたいなぁと。でもなぁ、手肌弱いしなぁ…でもガソリンスタンドとかに出すと高くつくしなぁ…悩ましいところです。


 冒頭で愛車「デミ男」について少しふれたが、先日、友人(2人)の車に改良を施した。我ながら、改心の出来栄えである。

 今回改良を施した2人のうち、1人の車はこのところ不調続きで、先日などは「オートマのDレンジのランプが点滅」、その後登り坂を登りきれず停車するという通常では考えられないウルトラC級のオチがついた。いや、面白おかしく書いたが、本当に大変だったろうと思う。こう書きつつも、私自身その状況を想像してはゾッとしているところである。そしてもう1人は先日めでたく免許を取得、早速愛車を手に入れて快適な日々を送っているとのこと。
 こうした状況のもと、前者には愛車の復活とともに、2人にはこれからもっともっと、楽しいドライブライフを満喫してほしいという想いを胸に、ここは私が頼まれもしないのに一肌脱いだかたちである。

 こうして今回の改良措置へと至ったのだが、上記の状況説明からすると、後者はともかく前者の症状は相当程度重篤なものと考えざるを得ない。とするとかなり本格的な処置が必要とも思われるが、斬新かつ画期的な方法により、2人に対し同一の方法で同時に解決を見るにいたった。その処置の方法は2人の車の車体色に由来するのだが、まずはこの画像をご覧いただきたい。

































車体色は当然です。





 赤い車体に燦然と輝く「シャア専用」との文字。すなわちそれは3倍速の証である。どんな登り坂も、どんな長距離ドライブであろうと苦になるべくもない。広島―大阪間を僅か1時間で結び、高速道路では新幹線に迫るスピードで疾走する。「シャア専用」とは、その能力を有するものの証なのである。2人の今後に拓けていく快適なドライブライフに思いを致すとき、私までも自然と笑みがこぼれてくるようである。


 ちなみにこれは「文字のみが残る」タイプ。ボディの赤に映えること請け合いである。わざわざ発注かけてオーダー作製した自分に乾杯(笑)。

2006年11月3日 22時56分20秒



 こんばんは、今日から今さらながらハングル強化週間に突入した「愛に生きる男」であります。「週間」なのでもうすぐ終わるんですけどね(笑)。私のハングルは研究での必要から身に付けたものなので「読解」に特化しています。が、やはり「聞く・話す」の部分もしっかりやっとかないと、後々になると面倒だし。ササッとやっちまいましょう。


 ふと、考えてみた。

 皆さんご存知のように、これまでの私の人生のなかで「大学で過ごした時間」はすこぶる長い。まだまだ若いこの私だが、人生の三分の一を超えてなお余りある時間、「大学」に身を置いていた事になる。厳密に考えると今年度から大学から籍が外れているが、現在でも仕事が済んでからほぼ毎日、図書館などで研究を続けているので、昨年までより減ったとはいえ今でも大学で過ごす時間はそれなりの量になる。今年も入れてカウントするとざっと12年目、大したもんだ(笑)。
 この長い年月の中で、本当に沢山の人たちと知り合い、好を通じることができた。10年超の付き合いとなっている同期の仲間や先生方、多くの後輩たちや、数は少ないが先輩たちも(笑)。そして今年も新たに、「大学」という場を通じて知り合った友人が何人もいる。一人ひとりを挙げて想いを書き連ねていくにはこのスペースはあまりにも小さく、また書くとしても充分に言辞を尽くせるか自信がない。それほど多くの人と出会い、その全てを無くして現在の私を語ることもできない。
 この三月、博士号を取得していよいよ大学から離れることになった時、世の多くの例に漏れず過ごしてきた時間を振り返ってみた。色々な思いが巡りめぐったが、その中で最も強く感じたのが『この大学に、よく生かされて、よく育てられた』という事だった。もちろん大学に限らず、その外側で出会った全ての事々に対しても。単純に過ごした時間が長かったという事もあるだろうが、それを差し引いても、非常に濃密な時間を過ごしてきたと思う。そしてそう思えることは、本当に、物凄く幸せな事なんだろうと思う。それは何より、沢山の友人に恵まれたことに因るところが大きい。こんな私には、余りある幸せだと思うのだ。ならば、その“余り”の部分を周りに分けていければなぁと思う。漠然とした思いだが、しかし、強く感じる思いでもある。
 みんなありがとう。これからもよろしく。

 そんな事を考えてみた。

2006年11月9日 21時08分21秒



 こんばんは、今季初の本格的な風邪から順調に回復しつつある「愛に生きる男」であります。私にしては珍しくちゃんと医者に行き、薬も忘れずちゃんと服用しております。異変は火曜の午後から。水曜は全くモノにならなかったんですが、今日なんかはかなり堅調に推移。頭痛がひどかったため後頭部〜首にかけて重たい感じが残りますが、明朝にはこれもスッキリするでしょう。


 このところ、目に見える成果としてはなかなか上がってこないものの、思想的営為としてはなかなかの収穫がある。時間の流れと事象の変遷、内在的発展と他律的契機、主体と客体…キーワードを挙げていくと数限りないが、それらが一つの大地図の上に同時に存在しつつ、相互作用しあう様子をイメージ。そこから得られる成果は、自らの手で以て現実へと敷衍され…こんな感じである。極めて抽象的で恐縮である。それゆえにもどかしい事々も多いが、手応えもそれなりに感じる日々。充実した日々と言えるだろう。

 「もどかしい事」に割かれる時間もかなり多いのが悩みの種だが(笑)。

2006年11月17日 00時53分47秒






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